ダディ竹千代&東京おとぼけCats
最近、東京おとぼけCatsがきな臭い。
プスプスと燻っているような様子だが、ボワッと燃え上がるのか、それとも・・・

正式にはダディ竹千代&東京おとぼけCats。
1976年に結成され、日本ロック界(コミック・お笑い界では無い!)有数のコミックバンドとして名高かった。
1978年ビクターよりシングル「電気クラゲ」でメジャーデビュー
発表当時のメンバーは、ダディー竹千代(Vo.)、キー坊金太(g)、テーラー八雲(g) なかよし三郎(b)、そうる透(Ds) の5人であったがテーラー八雲の誘いにより、近所に住んでいた碑文谷パーラッパ(包国充・Ts)が準レギュラーとして参加。
更にホーンセクションの必要性から、碑文谷の先輩であるボーン助谷(Tb)、後輩のペット小池(Tp)を勧誘する。
ボーン助谷はそのまま正式メンバーとなる。

その後、テーラーが脱退しだにえる茜(G)、どんまいめぐみ(Key)を迎え、 セカンドシングル「船乗りの夢」(ビクター)を発表する。
1980年キャニオンから、ファーストアルバム『ファースト』をリリース。
東京おとぼけCats
この時点の正式メンバーは、 ダディー竹千代(Vo.)、キー坊金太(g)、なかよし三郎(b)、そうる透(Ds)、ボーン助谷(Tb)、だにえる茜(g)の6人で、サポートに田代修二(Key)、ペット小池(Tr)、包国充(T.sax )、かつゆうこ(Violin) 、東京はちゃりきガールズ(Cho)等であった。

さてこの東京おとぼけCats、何を持って”おとぼけ”たるのかである。
ロック界の名高きコミックバンドと言うからにはそれなりに面白いのであろうが。

その面白さの1つが海外ロックバンドのパロデイ化の”ゲスト大会”
ジミーペイジ・リッチーブラックモア (キー坊金太)、エリッククラプトン(だにえる茜)、スティーヴガッド (ソウル透)、ポールマッカートニー (なかよし三郎) 、クルセダーズ (ボーン助谷、藤井ヤクハチ)などが挙げられる。
また、「何でも弾きます!なかよし三郎」のコーナーでは、おしゃもじ・大根・小麦粉・みかん・スイカ・豆腐・そうめん・山芋等を使ったチョッパーベースを披露・・・などなど当時としてはパロディであったり寸劇であったりしても、その抜群な演奏テクニックがあったところが斬新なところだったのだと思う。
当時は渋谷・屋根裏などをベースに学園祭やイベントなどに出現していたが、どこに行っても大うけであったが、メディア的にはメジャーにはなれなかったのも仕方の無いところであろう。
ただ特筆すべきはダディ竹千代は交友関係が広く、特に山下達郎や竹内まりやとの関係は深く、山下から曲提供(偽りのDJ)されたりおとぼけCatsのアルバムに竹内が参加(夕方フレンド)したこともある。

その後、1982年ころ解散し、80年代半ばに1度再結成し更に90年代にも突如として、キーボードに三国”うしろ・ボンジョヴィ”義貴(レッドウオリアーズのサポート、ザ・イエローモンキーのプロデユーサー)、 サックスに藤井”ヤクハチ”康一(ウシャコダ)を迎えて、公の再結成をなす。
バンドは現在、活動停止中のようですが、最近の動向を見ると・・・・???
70年代を走り抜けたアンダーグラウンドコミックバンド・・・皆、年だけどもう一回雄姿が見たい!

*こんなデータもありました。

下北沢『LOFT』での1978年3月出演スケジュール

3(金)  野村徹也・桑名正博withキャプテン
5(日)  渡辺香津美

17(金) 西岡恭蔵&カリブの嵐

24(金) カシオペア
25(土) サザン・オールスターズ  ダディ竹千代&東京おとぼけキャッツ



もっと詳しく知りたいヒトは。
ダディ竹千代と東京おとぼけCats・公式サイト
ダディ竹千代と東京おとぼけCats・半公認ファンクラブサイト

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ジョン・メイオール
2ヶ月程前、CATVで『ジョン・メイオール 70th Birthday Concert』を視聴し、このコンサートのことををネットで検索したら実に興味深いサイトに出くわした。
《kaz papa の昼休み》というブログに『ジョン・メイオール1974年来日公演』と題されたコラムがあった。
---kaz papa氏ブログはこちら---
内容は標記の通り、1974年来日したジョン・メイオールのコンサートに行かれた話である。
kaz papa氏は名古屋公会堂に行かれたそうであるが、実は私もこの来日コンサートに行ったのである。
氏のブログにも書かれているが、当時の公演は下記の5公演である。

10月22日 東京 芝・郵便貯金ホール 主催・FM東京
10月25日 東京 中野サンプラザホール 主催・FM東京
10月26日 京都 円山野外音楽堂 主催・スタディ・ルーム
10月27日 大阪 万国博ホール 主催・ラジオ大阪
10月28日 名古屋 名古屋市公会堂 主催・祭企画

私は2回目の中野サンプラザの公演に出かけた。
その時のチケットがこれである。
JMチケット
また、kaz papa氏と同様にパンフレットを未だに所持している。
JMプログラム
当時のセットリストは判らないが来日メンバーは以下の通りである。
ジョン・メイオール(g、har、Vo)、レッド・ホロウエイ(ts)、ラリー・テイラー (b)、ハイ・タイド・ハリス (g)、ランディ・レスニック (g)、ソコ・リチャードソン (ds)の6名である。

当時私は高校のころ(・・・予備校だったかも)である。
友人の影響で高校の頃からホワイトブルースに傾倒し、メイオールを貪った頃である。
当然、当時人気だったヤードバーズの流れの三大ギタリストより、ブルースブレーカーズの流れの三大ギタリスト、”クラプトン・グリーン・テイラー”の方がずっと好きだったようである。
まあ、今考えればどれもこれも達人!

更に取り急ぎ”ブルーノート・スケール”だけ憶えて友人と夜な夜な『ジャム・セッション』(・・・と言うか井戸端会議?)に明け暮れた時代である。
でも結局やっていたのは”ヤードバーズ”であったりピーター・グリーンが居た頃の”フリート・ウッドマック”だったり、はたまた原点のビートルズであったりした。
最終的に大学に入学してからは、ビッグバンドで”パツラ”を吹いていたのだが、そんなこんなで実に昔を思い出されてくれたブログである。

また、一方『 70th Birthday Concert』も実に興味深かった。
前出の三大ギタリストの内、クラプトンとテイラーがゲストで登場とは結構泣かせる。
確かに当時メイオール・スクールなどと呼ばれクランプトンを初め多くの著名なミュージシャンを輩出したと賛美されていたが、実は結構メイオールは”ガメツク”、多くのミュージシャンを”食いもの”にしている、などと実しやかにささやかれていた記事を眼にしたこともあったので、何十年も経ってあえてゲスト出演するくらいだから、結構リスペクトしているのかなあ、とホッとする感動もあった。

更に、メイオールのブルースハープは相変わらずの”汽車ポッポ”でご機嫌のノリ。
特に ハイダウェイ・オール・ユア・ラヴ・ハヴ・ユー・ハード等は”with E.C”のナンバーをクラプトン自身が演奏するとは何と贅沢なことであろうか。テイラーは太った?

更に更にメイオールがギターに持ち替えた時には涙が止まらなかった。
そう、何十年経っても彼はギターのストラップを右肩に掛けるのだ。
当時、それがやたらとカッコ良くて(当時はこのストラップの掛け方とタバコをネックに挿すのがカッコ良かった)ずいぶんとマネをしたもんだが、撫肩の人間には結構つらい体勢であった(恐らくP・マーカトニーが武道館でマイクの位置を常に直すのと同じくらいイライラする、きっと)記憶がある。

来日ブログ、コンサートライブ、ふっと70年代に引き戻してくれる懐かしい音であった。

ジョン・メイオール・・・”メイナード・ファーガソン”亡き後の私のアイドルである。
ところで、ピーター・グリーンはどうしてんの?

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この一曲:「Love Addict」中島美嘉
♪〜解き明かせその身で唇、突き上げよその身で感情、愛に狂う女は美しい

2003年4月リリースだから、かれこれ4年前くらいの曲。
中島美嘉の『Love Addict』

mika nakashima


当時はCMに使われたらしいが、シングルとしてリリースされた。

4年後に初めて聞いたのだがベスト・コンポジション。
ベースはJAZZである。クールだけどご機嫌なドライブ感。リズムはワルツ、それも超高速のワルツだから非常になじみ易いがスリリング。
しかも中島美嘉のリリックが結構JAZZとの相性が良いのには”オドロキ”
エンディングの3管ソリもかなり”ご機嫌”
色々な要素が実に旨く絡まり、最高の1曲に仕上がっているのでは・・・

でも、ビジネス的には失敗だったんじゃないかなあ。
日本でのJAZZ/POPって売れないから。結局、プロデューサーのマスターベーションだったりして。

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