コンビニの支払い
会社の隣がコンビニ”ローソン”なんでナニかと利用する頻度が高いぜ。
昼食や夜食やなんかは極珠にしか買やしねぇが、ほぼ毎日のように買うのが”フリスク”・・・単にフリスク好きだつぅだけではあるのだろ〜けど。
で、ここんとこつくづく感じるのが支払いだぜ。
俺の最も混入頻度の高い商品でいくと”フリスク”だろ〜けど、税込み
価格は¥210だろ〜けどローソンでは税込みで¥194だぜ。
確かに安くなってやがるのはえれぇありがてぇ・・・感謝、感謝ではあるが、これが結構めんどくせぇくさい話なんだぜ。

性格の細かい奴はなんとも思やしねぇことなのだろ〜けど、A型の癖に大雑把な性格の俺としては100%小銭を出すことはねぇ。
だから1000円札の場合は¥816、500円玉の場合は¥316、100円玉2つの場合は当然6円のお釣りとなるわけだ。
もともと小銭入れつぅものを持つ習慣のねぇ俺にとって、小銭はみんなポケットに収納・・・ぶち込まれるんだぜ。
だっからよ当然歩く時は常にジャラジャラ音がするのは云うまでもねぇこった。
こんな習慣だっからよ極力ポケットに小銭は入れたくねぇ。
しかもちまちやした1円玉や5円玉は論外なんだぜ。
だから、物理的に1円や5円の単位で支払いをすることはなく、精神的(性格的)にも細かいお金を支払うことはあり得ねぇってわけだ。

だろ〜けど、小銭はどうしても発生するんで、ここんとこはコンビニのカウンターに募金箱があるので当然1円玉は必ず募金するわけだ。そいで5円玉も・・・募金しねぇトコロがよ貧乏性なんだなとつくづく感じるこん頃であるが、結局5円玉は自宅か会社のデスクに埋もれて年の暮れの大掃除に発掘されるって寸法だ。
そうそうレシートも一緒にカウンターに捨てるんだぜ。

こんな大雑把しか出来ねぇ俺にとって、コンビニでの購入に性格の細かい人は逆に迷惑だぜ。
昼時、混んでる最中に1円玉とか5円玉を探す時間をかけてやがる人が居ようものなら「早くしてくれよ。シャキシャキやりやがれ。こちトラ江戸っ子でい」・・・埼玉県人だったぜ。
とにかくイライラしてしちまうぜ。
勿論、小銭で極力お釣を細かくしねぇような配慮なわけで、やってやがることは決して間違ってはいねぇ・・・のは判ってやがるのだろ〜けど、性格がねえ、どうにも許さねぇんだねえ。

因みに支払いの際、同じ金種を21枚以上の場合は受け取らなくても構やしねぇ法律があるそうだぜ。
ゴチャゴチャゆうねぇ、要は1円玉を21個以上出して支払おうとした場合、それを拒否することは【通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第7条】で”貨幣は、額面価格の20倍までを限り、法貨として通用する”つうことに寄ってやがるそうだぜ。

そんなこんなで大雑把な人間のへそ曲がり的理論とはわかっていながら・・・難癖つけてしまうんだねえ。

余談
四六時中のようにコンビニで買い物をしレジで支払いを済まそうと並んだ時、俺の後ろにナース(姿の)が2人並んでいやがった。
ちっとばかしいい心持で支払いをして四六時中の通り1円玉は寄付に、レシートはダストボックスにと思ったトコ、何を勘違いしたか1円玉1枚、5円玉1枚の6円分をダストボックスに入れてちまった。
そのまんまつうわけにもいかずレシートがいっぺぇ捨ててある中を引っ掻き回し6円を回収したが・・・ナースに笑われた。

結構恥ずかしいもんだったぜ。

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公衆道徳
通勤時でのこと。
今朝いつものように、いつもの電車で、いつもの時間に通勤に出た。
別に何の変わりも無く、いつものように「眠いなあ・・・」と口には出さずとも、身体が言っていた。
ご存知の通り・・・否、ご存知あるわけが無いが、中距離電車の通勤は1駅区間が長いのである。
半分も過ぎて停車した時に、駅のホームが何やら騒がしい。
ひょいとホームを見ると・・・「ん、ガーーーー、ガ、ガキだらけ」「まさか、乗っては来ないよなあ;;」と思ったのもつかの間、私の乗っている車両はガキ(幼稚園生か?)であふれ返ってしまった。

「ぐっ、わわーーーーーーん」と車両中に響き渡る園児の声、声、声。
だが、いい大人がここで怒ってはいけない。さり気なく下車して他の車両に移れ・・・ドアは閉まっていたか;;
いよいよここは大人の対応。何気なく”私は別に平気ですよ”的な素振を見せてじっと耐えることにした。
開閉ドアの反対側のドア付近で、ひい、ふう、みい・・・数えてみれば30人くらいがひしめき合っている。
そして乗客の視線は「ムフ・・・逃げそびれたんだ、アホが」という視線が痛いほど。
これから15分、終点までどないしょう・・・

そう思った時に、逆境を跳ね除けこのスチュエーションを有意義に活かそうと、”ガキ、ウォッチング”をすることにした。
幼稚園生といえども確かにしっかりしている。
一番近くにいた女の子は、こちらが話しかけたわけでもないが「終点まで行くの」と教えてくれた。もしかして「それまで我慢してね」という優しいご教示かも。
だが、多くの子供はご多分に漏れず、わけのわからん会話で大いに盛り上がっていた。
その中に、中々良く出来た子がいて、しきりに「電車の中で騒いじゃいけないんだよ」と生徒会長みたいな立派な子が皆を注意していた。

「偉いぞ、坊や」と内心、関心仕切で見ていたのだが、周りのクソガキは誰一人聞こうともしない。
その立派な子は更に皆をしかるように「静かにしようね」と注意するが、皆はお構いなし。二度・三度その立派な子は声高に注意を続けていたが、私はふと重要なことに気付いた・・・「お前が一番うるさい!」
善意があだとなった瞬間であろうか・・・

そんなウォッチングも飽きてきた頃、どうも最初から比べると二倍くらいうるさくなっている。
「全く、もう・・・」と思っていると「ちょっと待てよ・・・」(別にキムタクではない)
「子供と同じくらい、付き添い(PTA?)のオバハンの方が・・・煩いんじゃい!」
子供を注意するのが親やけど、これじゃ注意も出来んわな・・・と現代の風潮を目の当たりにしたのであった。


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