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2007/12/17/17:24 | 学術
現在、私は乱視(近視も老眼も保持しているが)である。
しかも『不正乱視』というものである。 そもそも正常なヒトの角膜は横方向にも縦方向にもほぼ同じカーブを描いているが、乱視の場合はカーブの度合いが横方向と縦方向で異なる為、屈折力に差が生じ、眼底にはっきりとした像を結ぶことができない状態を言います。 症状としては遠くも近くも見えにくく、片目で見ても二重にみえたりもし、更に眼が疲れやすくなるのである。 『正乱視』の場合は、角膜の曲がり具合が、一方向で最も強く、これに直行(90°方向)する方向が最も弱く、両線の間がなだらかに変化しているものを言います。 この場合はメガネやコンタクトレンズで矯正できるそうです。 しかし、『不正乱視』の場合は角膜の表面が凸凹であるためメガネでは矯正できずコンタクトレンズで矯正するのですが、完全に矯正出来ない場合もあるそうです。 一般的に『不正乱視』は角膜疾患が原因で、後天的に発生するのですが、まさに私の場合がそうで、話は2007年の1月に遡ります。 2年程前から眼に疾患があり、紹介により病院を変えて診察してもらったところ、「水泡性角膜症」との診断。 いきなり医師からは「えーー、角膜移植しかないですねえ。いつ手術されます?」との唐突な宣言。 「い、移植って言われても、しゅ、手術ですよねえ・・・」心の準備が何も出来ていない私にとって何と恐ろしい宣言であったか。まあ、気を取り直してよくよく考えれば、病名も手術が必要なことも隠すことは無いようだから、癌のような命に関わる病気ではないようだと考えられ、ちょっとホッとするのである。 とは言っても手術は手術。今まで手術も入院の経験も無い私にとっては剣が峰である。 ---中略--- とりあえず移植手術は4月に行われ無事成功したようであった。 その後定期的に術後検診に行く。 2週間後、1ケ月後、3ケ月後、そして先週の12/13に術後8ケ月の検診に行った。 「角膜自体は全く問題ないですねえ・・・」その・・・が気になるところである。 するとこのような病院には珍しい高島礼子を10歳くらい若くしたような美人医師が「今回はやりましょう」と。 「ほほう、何をしてくれるのかな^^」と軽いノリでいると「乱視の矯正をします」と。 そういえば術後に「ヒトによっては乱視がひどくなる場合があります」と言われていたのを思い出した。 どうりで最近物が二重にみえるなあと感じていたのだが。 ちょっと面倒だなと思っていたら、いきなり診察室の隅にある眼の検査機のところに座らされ、件の美人医師の説明が始まった。 「かなり乱視が進んでいるので矯正します---手術の際縫合した糸のテンションを変えることによって乱視を矯正します---余り力を入れたりして万一糸が切れた場合はとんでもないことになりますので、くれぐれも力まないようリラックスしてください」と。 おいおいおいおい、確かに術後抜糸もせず糸は残っているけど・・・おいおいおいおい、とんでもないことになるだと・・・・おいおいおいおい、そんなんでリラックスできるかい、の気分である。 先の見えないような小さいピンセットで四方八方の糸を引っ張っている。 途中教授から(すぐ隣では教授が別の患者を診察している)話しかけられ美人医師それに答えながら、糸引いているんである。 こっちがぞっとしてしまうほど・・・妙技。 じっと耐えること約30分。やっと終了した。 美人医師曰く 「これで検査をして余り矯正されていないようでしたら、今日何回かやりますので」 「な、何回もか!!」 とりあえずサーモグラフィのような機械で測定し、矯正前と矯正後を比較するのである。 結果はかなり矯正されており「今日はこれで終わりにします」といわれホッと胸をなでおろす次第であった。 「だだしばらく・・・そうね、ちょっと違和感があるかも知れませんけど一週間くらいで元に戻りますから」といわれた。 矯正中は痛みなどなく終わってからもそれほど変な感覚も無かったのだが。 家に帰って妻の一言 「お岩さんみたいに腫れてるわよ・・・眼のところ」 げげ、そういえばものすごい違和感と言うか痛みとか・・・いや痛みではなく、何と行ったらいいんだろう。 そう、眼にゴミが入ってちょっとゴロゴロするなあと思っていると、急に眼が滲みて涙がポロポロ出てきて眼を開けていられない(って言うとイメージできるかなあ)という状態がずっと続いている状態である。 その日は夜もぐっすり寝ることは不可能であった。 矯正から4日経った現在もまだ違和感が残っている。 ・・・残っていると言えば検査の結果、若干眼圧が高いと言われた。 薬(全て目薬)を貰うと何と5種類(今までは2種類だった)。毎日3回も・・・である。 まあ、今回は美人先生を見られただけでも良しとしようか・・・次回が(6ケ月後)楽しみである。 「セ、セクハラ・・・これってセクハラ;;」 付録---乱視とは? 自分でできるセルフチェック |
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2007/12/07/16:01 | 学術
10/24に記載したコラム、ポワンカレ予想。
これを解いたのがロシア人数学者・グリゴリー・ペレルマン。 その後、彼は数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受賞したが辞退したそうでありんすぇ。 史上初めてだそうでありんすぇ。 で、フィールズ賞って何?・・・調べてみんした。 ウィキペディアによると、 『ノーベル賞に数学賞がないことから、カナダ人数学者ジョン・チャールズ・フィールズ (John Charles Fields) の提唱によって1936年に作られた賞のことである。 4 年に 1 度開催される国際数学者会議 (ICM) において、顕著な業績をあげた 40 歳以下の若手の数学者(4名まで)に授与される。』と、おっしゃる賞でありんすぇ。 続けて見ると、 『・・・ノーベル賞は功成り名遂げたその分野の権威が受賞することが多いが、フィールズ賞はいまんまさに活躍中の数学者が受賞していんす。実際、ほとんどのフィールズ賞受賞者は受賞後にも著しい成果をあげてありんす。なお、ノーベル賞は業績に対して贈られるので、一人で複数回受賞することも可能でありんしょうが、フィールズ賞は人に対して贈られるため、複数回受賞することはできんせん。』とありんす。 一説によると数学者のピークは30歳くらいらしく、青年時代は研究を、中年からは本を書く・・・と書いてあったものを読んだ気がするのでありんしょうが。 まあここでは、とにかくオリンピックみたいなもんだと気軽に考えておきんしょう。 さて、こなたのフィールズ賞で日本人の受賞者は、と調べるとちゃんといるんでありんすねえ。 ●小平邦彦氏・・・こなたの場合は博士? 1954年に受賞 ●広中平祐氏 1970年に受賞 ●森重文氏 1990年に受賞 以上の3名で・・・「功績、受賞内容だって?」、そんな事聞いてどうするの・・・判るの? 受賞内容は『標数0の体上の代数多様体の特異点の解消および解析多様体の特異点の解消』・・・「聞かない方が良かったでありんしょう!」 こなたの受賞者の内2人について興味深いことが判りんした。 小平邦彦氏の趣味はピアノで、本格的に教育を受けていたこともあり、かなりの腕前でありんしたと云われてありんす。 更に広中平祐氏は若い頃、ピアノの演奏家、作曲家を志しており、ピアノは高校時代に殆ど独習で学んでありんしょうが、始めた時期が遅いことからプロの演奏家になることは諦めたそうでありんすぇ。 2人とも本格的にピアノと取り組んでいたとは何と興味深いのであろうか。 早速こなたのことについて調べてみんした。 まずは『数学と芸術』の関係。 『数学と芸術のかかわりは,何千年も前に遡る.古代ギリシャ人,ローマ人は,数学を彫刻や建物の審美的設計に利用した.15世紀に,レオナルドダビンチは,”私を数学者でないとは言わせない”と書いている.16世紀に,デューラーは描画に遠近法を導入し数学を用いた.18,19世紀には,ゴチック大聖堂,バラ窓,モザイク,タイル張りのデザインに,数学は積極的に取り入れられた.20世紀では,幾何学的形態は,キュービストや多くの抽象表現芸術家にとって基本であった.この十年では,作品の基礎にトポロジーを用いる彫刻家がいくつかの賞を得ている.数学と芸術の密接な連携は,オランダの芸術家M.C.エッシャーの作品中に見られる.数学概念のうちで,彼の作品に現われたものは;無限,メビウスの帯,モザイク細工(平面分割),変形,反射,プラトン立体,らせん,対称性,双曲平面などである』 (日本数学協会Websiteより) まあ、わかる人には判るが、判りんせん人にはわかりんせんってことでありんすね。 さらに『数学と音楽』の関係では。 マーカス・デュ・ソートイ『素数の音楽』といわす本が出版されてありんすらしい。(読んではいないので安直にネットで・・・) 『ピタゴラスによる「天空の音楽」(数学と音楽の基本的な関係)の発見。基音と すべての倍音を加えた「調和級数」(ゼータ関数にx=1を入れたときの値:121 頁)に発するオイラーのゼータ関数研究。そして、著者によって「数学界における ワーグナー」(21頁)と形容されるリーマンの登場。第四章のエピグラフがすべて を語っている。 「素数は音楽に分解できる、ということを数学的に表現するとリーマン予想になる。 この数学の定理を詩的に述べると、素数はそのなかに音楽を持っている、というこ とになる。ただしその音楽は、近代概念では捉えきれないきわめてポストモダンな ものである。」(マイケル・ペリー) 』 ・・・もういい加減辞めんしょう。 こなもん突き詰めれば突き詰めるほどアホになりんす。 わかる人・・・簡単に教えてくんなまし;; せっかくここまで調べたのでありんすからおしまいにまとめ・・・ 『数学者でも音楽の愛好家は多いが、音楽家で数学の愛好者はほとんど居ない。』かな? |
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